皆さんは、バスキングってご存知ですか?

 

街頭でパフォーマンスをすること=路上演奏や大道芸を行う事をBusking(バスキング)と言い、大道芸人の事をBusker(バスカー)と呼びます。

イギリスでは、バスキングは日常的な風景としても親しまれているパフォーマンス・スタイルのひとつです。

 

今や「バスキング」という言葉は日本にも浸透してきましたが、日本の場合は、路上ライブやストリート(またはストリートパフォーマンス)と呼ばれるのが一般的ですよね。

 

バスキングも路上ライブも、基本は同じことではあるのですが、バスキングと路上ライブ、これらの「概念」が日本とイギリスでは少々違うのです。

 

 

ロンドンのバスキングって?

 

ロンドンでのバスキングは、ストリートのほかに、公共広場やレール駅、有名なところでは通称Tubeと呼ばれるアンダーグラウンド (地下鉄)での演奏がポピュラーです。

 

イギリスのバスキングは本当に日常的なものなので、ごく自然とミュージシャンが通る道。過去にバスキングを経験したプロのミュージシャンも少なくありません。

 

近年の日本でもストリートミュージシャンはごく身近な存在になり、又、ストリートで演奏する事を好むミュージシャンも多くなってきましたが、そのほとんどは、自身の音楽のプロモーションの一環として行われることが多いと思います。

 

イギリス人のバスカー達は、バスキング行為そのものを、腕試しや日々の小銭稼ぎとして演奏しています。

 

例えば、日本でイメージする通常の路上ライブの場合、「30分~1時間のセットを組み、自分の歌を聞かせる」というスタイルが多いと思うのですが、イギリスでは、バスキングする際は2〜4時間の演奏時間が標準です。

場所が許されれば6時間、8時間と、まさに体力が消耗するまで演奏し続ける事が、イギリスのバスキングとしてのスタイルです。

 

その際に、自分の歌ではなく、市民が親しみ易く、一緒に楽しめるようなカヴァー曲やクラシックを演奏するのも特徴です。

 

 

免許制度になるまで

 

人通りが多く、雨の日でも演奏が出来る地下鉄構内はバスカーにとって人気の場所。

地下鉄に限らず、地上のストリートや公共広場でも、人々からの注目を集め易い人気のピッチ(演奏場所)というのは存在します。

 

単純に演奏を楽しみ聞かせるだけでなく、チップで日銭を稼ぐことを目的ともするバスカーにとっては、バスキングは死活問題でもあるので、バスカー同士の場所の争奪は日常的な事であり、ひと頃では縄張り争いが絶えない時期もあったそう。

 

この対策として、政府は2003年よりロンドンの地下鉄構内のバスキングを免許制としました。

後に、他都市の路上演奏でもこの免許制度が適用された他、ロンドンのトラファルガースクエアやラッセルスクエア等での大道芸も免許制です。

 

同時に、イギリスのエンターテインメントのひとつとして、又、英国観光名物として、ロンドンのバスキングを支援し、よりポピュラーにするため、キャピタルラジオ他スポンサー数社の協賛により、バスカーのためのエージェントが作られました。

 

免許制とした他の理由に、音楽で食べて行きたくても食べていけない者への活動の場を与える事、ハンディーキャップを背負っていたり、個人の事情で職につけない人達を支援するためとも言われております。

 

 

バスキング・ライセンス取得にはオーディション突破が必須

 

筆者が免許を取得した時の例です。

 

その時の最終オーディションは、現在閉鎖されているチャーリングクロス駅の「隠れホーム」にて、実際のリアルなバスキングスタイルをイメージする環境にて行われました。

 

申請から書類選考に半年以上を費やしましたね・・

落ちたかと思って忘れていた頃に、合格通知が来たのを覚えています。

 

それだけに出願者が多いということで、書類選考突破はかなりの難関とも言えます。

 

書類選考には、専用フォームに写真の添付、音楽の活動歴を記す他、音源の送付が必要です。CVと呼ばれる履歴書は基本的に必要ありません。従って、年齢や学歴などもあまり重要では無いのだと思われます。

 

重要なのは、音源です。音源はプロとして活動しているならば発表作品を。そうでない方でも、スマホで「いっせーの」で撮ったような簡易録音ではなく、プロレベル同等のしっかりした音源であることが大事です。

そして、できればキャリア。活動歴はひとつでも多く書いた方が良いと思います。

 

プロミュージシャンの腕試しの場として、又、日銭を稼ぐためとして人気のバスキングの正規ライセンスの合格率は、10%~30%と言われていました。(この辺はその年によって異なるかと思います)オーディションは、1年~2年に一度、不定期に募集されております。

 

最終オーディションに合格したミュージシャン達は、技術面で合格したからと免許を頂けるわけではありません。

 

その後、国際警察からの調査を受け、問題なしと結果が出てから免許が発行されるのです。

 

バスキングにはアンプ等の機器を持ち込む必要もあるバスカーも多いため、この精査はテロ対策の他にも、万一のトラブル回避として入念に行われます。

過去に犯罪歴などがあれば当然NGですが、それ以外にも何らかの(税金の未払いなどの)問題が発覚しても、却下の対象になるのではと推測します。

 

国から問題が無い人物であるとされて、晴れてライセンスが発行されるのです。

 

公式のバスカーは、正規の許可を得て、国の管理の元、規定の場所で演奏しているため、ポリスに捕まる事はありませんが、非ライセンスバスカーの場合、ポリスに場所の移動を強制される事があります。

地下鉄では常にポリスが巡回しているので、正規のバスカーでも稀にライセンスの提示を求められる事があります。

 

 

 

 

ライセンス取得!いよいよバスカーデビュー?

 

ライセンス取得をしたから「さあ、お好きなところで、ご自由にバスキングをどうぞ!」というわけではありません。

 

ここからが、本格的に細かいルールの上でのスタートという事になります。

 

現在では管理団体が変わったため、ルールも少し変わったので、今の方が新人バスカーにはやさしい?ルールかもしれません。

 

私が取得した当時のバスキングのルールとしては「新人バスカー」は、3ヶ月間、人気の無いピッチ(つまりチップが入らない場所)で、一定の日数と時間数のバスキングを行わなければ、良いピッチで演奏できないという掟がありました。

 

3ヶ月経っても、そのノルマをクリアーできなかった場合、当然、次のステップ(良い場所での演奏)には進めません。

 

基本的には、ライセンス受け取ってから毎日4時間バスキングしていれば、3ヶ月で全く問題なくクリアー可能なノルマではあるのですが・・・

 

バスキングをがっつりした人ならばご存知だと思うのですが、想像以上に体力の消耗が激しいのがバスキング。

 

しかし、初めてバスキングをする人にとっては、なんとなく華やかな面をイメージしてバスキングの舞台に立つわけです。

想像以上に過酷な労働力にもかかわらず、通行人からの反応もチップも少ない場所で延々とやると、その現実に愕然とする人も多いよう。

 

様々な面で条件の悪いピッチばかりをやらなければならない、新人期間。その期間に一定のノルマが過酷でクリアできず、新人期間でバスカーを辞める者も結構いるのです。

 

新人期間の試練を乗り越えたバスカーは、晴れて人気のピッチで演奏する事ができます。(ピカデリーサーカス駅、オックスフォードサーカス駅等、主要駅に設置されたピッチ)

これら人気のピッチでバスキングを行って得るチップは、新人期間にノルマとされるピッチで入るチップの4~5倍程になります。

つまり、皆さんが旅行中に見かけるバスカーは、いわゆる「人気ピッチ」で演奏しているバスカー達という事になります。

 

バスカーの花道といったところでしょうか?

これらの場所は、熟年のバスカーでも常に欲しがるピッチであり、陰ながらの争奪が絶えない場所なのです。

 

その花道に立つまでに、根性を試される?ような、新人期間にふるいにかけられる?といった感じのノルマ制度でした。

 

「そんなノルマなんて、バレないでしょ。誰にもわかんないんじゃ無いの?」

そんな風に感じるかもしれませんが・・・

 

実は、ライセンス所持者のバスキングは、各管轄場所の管理団体に全てチェックされています。

いついつの、何時から何時までは、どのバスカーが演奏をしていて・・・など、全ては管理されていると同時に、監視もされているというわけですね。

 

一時期は、見回りスタッフが存在しており、自分に与えられたピッチで演奏してなかった場合(サボっていた場合)、ペナルティ対象とされていた時期もありました。

 

演奏場所を確保するためのライセンスですから、自分達のタイムテーブルも当然管理されます。

ノルマを果たしたか、年間どれだけバスキングしたかなどはお見通しです。

 

バスキング・ピッチの振り分けに関しては、各自で管理団体へブッキングをしなければなりません。

毎週決まった曜日の決まった時間に、バスカー達が一斉にエージェントに電話をし、電話が繋がった者から翌一週間分のバスキングために好きな場所と時間を選んでいきます。チケットオフィスで良い席を確保するために電話をかけ続けるようなイメージですね。

インターネットでも予約はできますが、堅いのは電話かも?しれません。

 

地下鉄管理の場合、時間は8時から24時まで、2時間のくくりになります。

「1日2駅(2ピッチ)で合計4時間 × 週に7日間」が基本ルール。これが、ロンドン・バスカー達の基本の演奏時間です。毎日、4時間はバスキングしている人がほとんどという事ですね。

 

さらに、キャンセルが出た場合や穴埋め要員として、それ以上の時間(6時間~10時間等)の演奏が可能な時もあります。

 

一般的に、路上での音楽演奏が30分〜1時間くらい、多くても2時間と思われる理由としては、通常の対バンのライブのセットが1時間くらいまでということや、快適な演奏をベストな状態でする理想の時間がせいぜい2時間くらいまで、という意味もあるかもしれません。

 

しかし、バスキングは、路上を行き交う人のためのデュークボックス。

30分や1時間ではお話しにならず、とにかく、音楽を途切らす事なく街に響かせるのが仕事であり、街への音楽提供がライセンス発行して管理している団体の意図でもあるのです。

 

1ピッチあたり2時間、それが終わればすぐさま次のバスカーがまた2時間。終わった自分もすぐさま他のピッチへ移動して2時間。

バスカー達が入れ替わり立ち替わりで、人々の活動時間ずっと音楽を響かせているのです。30分演奏して終わり、という人が1人でもいれば、そこには穴が空いています。なるべく長時間演奏できる人の方が、重宝される・・というよりも、国の文化活動に貢献しているともいえるかもしれません。

 

 

また、客に魅せようとするセットリストを組んでも、そんな余裕は無いのですよね。

通行人は一瞬でバスカーの前を通り過ぎます。

自分の見せ場はここ!というリストを組んでも意味ありません。2時間演奏するなら、2時間すべて同じ安定した状態をキープ、もしくは見せ場があるならずっと見せ場の曲をやるべきなので、セットリストなんて何の意味もありません。

 

ただただ4時間、6時間、時に8時間と、延々と一定のスキルを保ちつつ、歌ったり演奏し続けることは、ある意味過酷な肉体労働ですが、それも「通行人が主役」だからこそ。そこは自己アピールの場所ではありません。

 

同時に、盗難や嫌がらせ、妨害等からの自己防衛を行いながらの作業であり、バスキングはまさに、メンタル強化の訓練、乃至肉体労働と言っても過言ではありません。

 

華やかなバスキング全盛期

 

新人期間のノルマを達成し、晴れて人気の舞台に立ててからは、バスカーとしてそこそこまともな暮らしが出来るのではないかと錯覚する程、面白い程にチップが入ったのをよく覚えています。

 

又、我々バスカーをサポートするエージェントとエンターテインメント業界への繋がりは大きく、バスカー専用のウェブサイトや、支援サイト等も充実しており、又、バスカー内でのコンテスト(賞金日本円で100万円相当)も常時行われ、マスコミ各社が我々を取り上げ、盛り上げてくれていたのです。

 

当時のイギリスに活気があったのも理由のひとつかもしれません。

残酷な現実は、その直後に見る事となりました。

 



リーマンショックでバスキング業界も一変

 

2008年の7月、ロンドン市長はバスカーエージェントからのスポンサーの撤退を命じ、百人以上のバスカーが路頭に迷う事となりました。ここで転職をしたバスカーも多いと聞いています。

 

この7~9月の間は、バスカーの正規の管理システムが無く、数名のバスカー達が路頭に迷いながらもバスキングを続けていました。

縄張り争いになりかねない状況でもありましたが、互いにミュージシャンシップを持ち状況を乗り越えていたのです。

 

その後、バスカーの管理を申し出てくれたのがロンドン交通です。エンターテインメントには全く関わりのなかった方々が、我々を引き続きバスキングさせるべくマネージメントをして下さる事になりました。

 

再び、公式に戻れたバスカー達ですが、ちょうどその頃にリーマンショックが起こり、チップ額も激減。

舞台に戻ったものの、改めて転職を決めたバスカーも多かったようです。

 

バスキングのチップは、ロンドン市民のフィーリングと常に比例しており、市民が悲しい時はそれがチップ入れに現れます。

 

金曜の夜やお酒を飲んだ帰り、デート中のカップルや給料日の前後など、世の中の人がワクワクする時は、陽気にチップを置いていかれる方が増えます。

反対に不景気な時期や、フットボールでイギリスのチームが負けた時などは、チップが入らないどころか、こちらに嫌がらせをしてくる輩が増えます。

 

これらの対策として一番有効なのが、自己主張の強いうるさい演奏をしない事、クラシックやポピュラー音楽等を一歩引いて演奏する事です。

基本、クラシックとビートルズを演奏している者に嫌がらせをする輩が居ないので不思議ですよ。

 

 

今も戦い続けるバスカー達

 

時は流れ、活気のあったロンドンのバスキングシーン全盛期から、はや10年が経とうとしています。

 

それでも、当時の全盛期から急激に下り坂になったバスキング事情を経験し、乗り切ったバスカー達は、今も変わらず、ロンドンで演奏をし続けています。

 

プロになり、ワールドツアーで演奏をしながらも、一瞬の隙を見ては、路上に立って演奏をするギタリストもいます。

 

延々と不景気が続いているイギリスでのバスキングは、百害あって一利無しと言っても過言ではない程に過酷なもの。

ほんの少しの日銭と引き換えに、喉や体力を失う者もおれば、空気の悪い場所で毎日演奏する事で、頻繁に風邪をひいたり体を壊す者もおります。

目の前でジャッジされたり嫌がらせされたり、金品を奪われたりする事で気の病む者もおります。

 

一番の落とし穴が、それら肉体的、精神的な事以上に、その活動に没頭し、時間を費やしてしまう事で、ソーシャル面での付き合いや、自身の音楽活動に支障が出てしまうと言う事です。

 

それでもバスキングを続けているバスカー達、そしてバスキングのみに一生を捧げているバスカー達。

 

それはやはり、通行人の方からの笑顔、そしてThanksの一言をもらえる瞬間の嬉しさが、彼らをバスキングに向かわせるのだと思います。

路上での苦しい事以上に嬉しく、晴れやかな気持ちになる事を、私たちは知っているのです。

 

「カプチーノでも飲みに行こう」と考えている人が、その手に持つ珈琲代の1ポンドを、見ず知らずのバスカーのギターケースに落とす。

 

一期一会の人が、振り向きざまに「音楽を有り難う」と言って手を振って去って行く。時に、知らない者同士が目の前で一緒に歌い、踊り出す。

 

イギリスの景色、その季節、その年それぞれの顔をした人達を、1メートルも無い距離の目の前で感じる事が出来る。

 

インターネットが普及した現代のソーシャル活動は、世界中の人と繋がる事が出来る上、いつどんな時でも光の速度で連絡を取り合う事が出来ます。

 

それらは一見進化し、人との繋がりが容易になった様に思えますが、対面で相手の表情を見ながら会話を楽しむ事が減っていることも事実。

 

音楽配信しかり、オーディエンスが自由に視聴し、その評価を瞬時に世界に知らせ、アーチスト側も様々な評価をすぐに知る事はとても便利なこと。

 

しかし、ライブ演奏をし、目の前で声援を頂けたり、反応を見る事ができること、それは、テクノロジーを通じて受け取る声援の何倍、何十倍もの暖かみを感じることができるのです。

 

人間としての生身の感情を受け取り、時に自らが放ち、一日に数百、数千との人と同じ息を吸う。

バスカー達は、そんな人間くさい環境の中での音楽配信を愛し、時に批判を受ける事もありながらも、孤独な舞台で一人戦う道を選んでいるのだと思います。

 

またいつか出会ったあの人に出会えるかもしれない、その人が自分をまた探してくれているかもしれない、そんな自意識過剰な事すら、時に思うのです。

 

「しんどいなあ、やめたいなあ」

「幸せだなあ、ずっと演奏していたいなあ」

 

こんな2つの台詞が交互に頭に浮かぶ。

それがバスキングなのかな、と思います。

 

 

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How to バスキング(路上ライブ)?〜バスカーの心得その壱〜