私はもう土産は一切買わないと心に決めている。

束の間の日本の休日を終え、イギリス行きのフライトの出発を国際空港で待ちながら、私は自分に言い聞かせていた。

(土産は一切買わない。)

そう、私はもう土産は一切買わないと心に決めたのだ。

買いたくないわけではない。

実は私は、誰かのために土産を買うのがささいな喜びであり、そして相手の喜ぶ顔を想像して土産を選ぶ時間こそが至福の時なのである。

小学生の時、実家の近郊にやってきた球団のキャンプを家族で見学しに行った事がある。

車で走って3~4時間程のその場所へ向かうのは、まさしく、ショートトリップという言葉が相応しく、誰かに土産を買う程の旅行では全くなかったにも関わらず、帰り道で立ち寄った小さな土産屋で、一時間土産選びに悩み、父に叱られたことがある。

私は、本当に土産屋という場所が大好きである。心躍る場所である。

近郊でもその具合だ。その場所が東京、大阪、京都、沖縄等になると大変な騒ぎとなり、しかも海外となると、とんでもない大事件となる。

国際線の空港というのは大変魅力の場所だ。ヒースロー空港に例えれば、空港内にパブがあり、ギネスが飲めてフィッシュ&チップスも食べる事が出来る上に、ハロッズやフォートナム&メイソンの商品なんかも眺められ、イギリスの名残りをフライト直前まで楽しむ事が出来るのだ。

反対に成田空港では、寿司、ラーメン、うどんは当然の事、突然鰻が食べたくなったとしても空港内ですぐに鰻を探し出す事ができ、心置きなく日本を発つ事ができる。

食事の質が好みかどうか等と言う話しは抜きにしても、どの国の空港でもそうであろう、その国の色というものがここぞとばかりに強調されていて、ある意味見事なアミューズメントパークとも言える。

そして、そんな国際線の空港内にあるさまざまな土産物を舐めるように眺め、自分が既に準備し荷物に忍ばせてある土産とのコストの比較をする事が、この上なく愉快で楽しいのである。

国際線のフライトの場合は、空港のチェックインカウンターや荷物チェック等、長蛇の列が出来る事もあり、又、空港内に入っても、そこから先のゲートまで歩いて数十分かかったり、フライト会社によっては、ゲートから更にバスに乗って搭乗口まで行かなければいけない場合もあるゆえ、通常二時間前にはチェックインを済ませておいた方がよいと聞く。一時間半前に着けば十分だ、と言う人も居れば、念のために三時間前には到着しておいた方が無難と言う人も中には居る。

だが、私はそんな甘いものではない。

私は、通常四時間から五時間前にはチェックインと荷物検査を済ませ、三時間前には既に空港内にて土産物観覧を楽しんでいる。

そんなに早く到着して暇じゃないか、とよく言われるが、全く暇ではない。むしろ、忙しいくらいだ。

大抵はまず、空港内にて一杯の珈琲を飲み、心を落ち着かせる。これから更に激しくなるであろう胸の鼓動を平常に保ための、精神統一の大事な時間である。

その後、土産物観覧をスタートさせ、土産屋エリアの端から端まで十分に楽しんだあと、レストランに移動し、その国を後にするのが名残惜しい表情をして感傷に浸りながら、現地の名物を頂く。ここで気をつけなければいけないのは、この後搭乗し、飛行機が水平飛行になった後に軽いお茶とスナックが出る事、そしてその少し後に機内食が支給される事を頭に置いておかなければならない。フライトで食事を堪能するためにも、あくまで空港内では軽食で済ます事がベストであろう。

そして、再び土産物観覧である。二度目は、前回の観覧にて気になった箇所に重点を置いて、念入りに観覧する。

この二度目の土産観覧は、軽い運動にもなるため、軽食の消化にも役立ち、後の機内食をより一層美味しく頂けるための、重要な役割を担っている。

以前にロンドンからイタリアのトリノへ行った時に、同じ感覚でロンドン・スタンフォード空港へ4時間前に到着した事があり、失敗をした事があった。

朝一番の早朝六時代のフライトであったため、チェックインカウンターが開くのはその一時間前の五時、つまりそれ以前に到着してもチェックインする事はおろか、仮にチェックインして空港内の土産エリアに入れたとしても、店は開いてはいないのだ。これでは、わざわざ深夜バスで空港に向かった意味がない。家で睡眠を十分に取っていた方がまだましであった。

あまり早く到着しすぎるのは馬鹿だと悟った私は、この時のトリノからのリターン便の際には、わりと直前の時間にチェックインカウンターへと向かった。しかし、ここでまた大失敗をしてしまった。

フライトまでの残り時間が少ないにも関わらず、トリノ空港の土産売り場につい顔を出してしまった私は、その店で働く陽気なイタリアン親父と話しが弾んでしまい、ふっと気付くとゲートクローズの時間が過ぎており、私はフライトを逃してしまったのであった。

しかもその便がロンドン行きの最終便であったため、私はそのまま空港内で一泊するはめになってしまった。イタリア人のフレンドリーさ、陽気さを甘く見てはいけない。

やはり少しは早めにチェックインしないと駄目だな、と多少は反省したが、全てのサービスがクローズした空港というのは、フライトを逃して空港に取り残された人以外はおらず、とても優雅で快適な空間であった。機会があればまた宿泊したいと思う。

関係者以外は外部から侵入できないようにセキュリティーもしっかりしているし、何よりイタリアの警備員の人達はやはり陽気で大変面白く、退屈する事なく楽しい時間を過ごせた。狭いベンチで固まった姿勢で寝る事にも、流転人生の私的には何の問題もなくぐっすり眠れるので、まあ良しとしよう。

しかし、やはり早めに空港に着く方が無難であると言う事を学ばせて頂いた。

そして、フライトが早朝便でない限りは、もの凄く早めに空港に到着する方が、私の場合は自分の体内にある空港時間時計が狂わずにすむ。



さて、話しを軽食を頂いた後に戻そう。

基本的に、一度目の観覧時には土産を買ってはならない。

一度目にチェックした土産を厳選した末に、二度目の観覧時にそれらを購入するのだ。

何故ならば、機内に預けてある私のスーツケースの中には、既に土産物で一杯になっているからである。基本的に、重要人物への土産は既に押さえてある。というよりも、むしろ、空港に入る前に全ての土産を購入済みなのである。空港内で購入する土産はあくまでプラスアルファ、もしくは空港内で買った方が良いものに限る。

空港内の土産は全て高いため、予算的に考えるとやはり空港に入る前に購入していた方がベターだ。だが、空港外で買うよりも、空港内で買った方が確実に良い物がいくつかある。

イギリス土産で例えるならば、ジャム、酒類。

日本土産で例えるならば、明太子、イタリアで例えるならば、チーズである。

明太子やチーズの理由は、ご想像の通りである。空港外で買ってスーツケースの中に入れて機内に預ける人がもしも居るのならば、少し常識を疑ってしまう。

酒類に関しては、機内持ち込み手荷物としては持ち込めない。空港内で土産として買うしか無い。瓶詰めのジャムもスーツケースに入れて預けるのであれば問題はない。しかし、これらを事前に購入し、スーツケースに入れて預けると、問題が勃発する事がある。

機内には持ち込み制限がある。そして、内容の制限だけではなく、持ち込む重さにも制限がある。重い瓶に詰められているジャムは、かなりの重量を占めてしまう。

預ける荷物の制限キロ数はフライト会社によって異なると思うが、大抵23キロから30キロ程度である。

もちろん、ファーストクラスに搭乗される方は別ではあるが、一般的にエコノミークラスで搭乗する者にとっては、この制限キロ数を越えて超過料金を取られる事だけは避けたい。たとえ1グラムでも、余分な重さを足す事は控えたいものである。重さのある土産は、チェックインを済ませてスーツケースを預けた後、空港内で購入するのがスマートであるかと思う。

23キロ~30キロという、フライト委託荷物の標準的な制限キロ数を舐めてかかってはいけない。

そんなに大きくないスーツケースであったとしても、詰め込むだけ詰め込んでいたら、あっという間に20キロなんて越えてしまう。スーツケースに綺麗に収まれば安心してチェックインへと向かう人も多いが、ちょっと無理矢理詰め過ぎたかな、なんて少しでも思う時は、スーツケースの重さを事前にチェックしておいた方がよい。油断していると超過料金を取られる事になり、少々の超過だからといって勘弁はしてくれない。規定通りの額をきっちり取られてしまう。

罰金を払うのが嫌であれば、その場で荷物を少し減らさなければいけない。せっかく綺麗に荷物を収めたスーツケースを、公衆の面前で再び広げ、そしてまた片付けなければいけない苛立ちが訪れてくる。



しかし、わざわざ神経質に重さを計らなくとも、スーツケースに適当に詰めただけで安心というコツがいくつかある。

本や雑誌等の紙類を極力入れない事、ジャム等の瓶類を入れない事。とにかく極端に重さの有るものを入れない事が重要なのだ。

これらも気にせずスーツケースに一緒に収めたい、と言うならば、機内にも持ち込めるサイズである、56×36×23辺りの一番小さいスーツケースを買う事をお勧めする。これならば、本や瓶類込みでいくら詰め込んでも、詰め込んだ中身が全部本でない限りは、23キロ以上になる事はまず無い。

以上が、私がジャム等の瓶詰め物を空港内で買う理由だ。万が一のキロ数超過防止のためにジャムは空港に入る前には買わない、と言う事なのである。

では、ジャムを土産に選ばなければよいではないかと言われればそれまでだが、英国のジャムってね、本当に美味しいのだ。

ヒースロー空港でついスコッチを土産に買ってしまう、という日本の友人を私は何人か知っている。やはり、英国といえばスコッチと帰路で頭に浮かぶのだろう。

そして、お酒やジャムという商品は街中で見るよりも、空港内で見た方が何故か高級かつ、お洒落に見えるような気がする。

空港内でショートブレットやお菓子の詰め合わせの値段を見ると「空港は高いなあ、やっぱり買うのはよそう」と思うのに、空港のお土産店に並ぶジャムは、全く値段が気にならない。

お菓子類は街中のスーパー等で安めの物を買っても、土産としての役割を十分果たしてくれそうな気がするのに、スーパーで2ポンドくらいのジャムを土産用に買おうという気にはあまりならない。

ジャムやお酒類以外にも、空港内でどうしても買いたくなる土産も出て来る。そういう時は買ってしまう時もあるが、基本的には、大抵ジャムかお酒が入った手提げ袋一個か二個、というスマートな形でゲートへ向い、搭乗するという事になる。

重い物以外の土産を出発前に既に街中で購入しておくのは、荷物の重さの超過防止以外に節約というのも最も大きな理由ではあるが、もう一つは、そのスタイルがスマートになると言う理由もあるのかもしれない。土産は空港に売ってあるから、と、空港内でまとめて買いましたと言わんばかりに、土産袋を幾つも抱えて搭乗するよりも、やはり最小限の荷物で搭乗した方がスマートである。

そして「初の海外旅行なのであれもこれもと土産を買いました」と、見るからに解るような姿よりも、お酒一本入った袋をすっと手に持つ姿は、どことなく「私海外は慣れてますから」「出張でとんぼ返りですから」といったオーラが溢れ出ている気がするのだ。憧れの姿である。

さて、「私も慣れてますんで」といった感じで、今回もジャムかお酒だけを空港内で吟味して買って帰ろう。

そんな私のスーツケースの中身は、実は半分以上が土産物で一杯なのである。



しかし、私はもう土産は買わない。

英国土産を一切日本に持ち帰る事はしないと心に誓ったのだ。

長年海外で暮らしていると、海外在住者が日本へ一時帰国する時のコストを不憫に思うようになってきた。

こんなセコい事を考える海外在住者は私だけではあるまい。

例えば地方から東京に出て来て働いているとしよう。

お盆、正月、または法事でもよい。東京在住者は時に帰省する。そして、故郷の土産袋を下げ、東京に戻る。

職場、友達、皆に土産を買っているとコストもかかる。友達の土産の予算を削ったとしても、休暇を下さった職場に土産を買って帰るのは礼儀であり、日本の常識である。

ああ、日本って面倒よね、そう思うかもしれないが、日本国内に置いての土産の法則というものは、常に平等なのである。そう、面倒ではあるが、損はしないような仕組みになっているのだ。

土産を購入する時の予算の目安は、だいたいではあるが、友達には500円~1000円程のお菓子、又は地域限定の小物類等、職場には1000円~2000円の名物の菓子折りを、職場の人数によって1~3箱程を買うのではないかと思う。

これらは、ある意味無駄な出費のようにも思われるが、実はそうではない。

日本国内で帰省している人は、自分一人ではないのだ。例え毎年ではなくとも、盆や正月に故郷に帰る人間や、休暇を取って旅行に行く人等が周りに必ず居るはずだ。

ようは、友人達や職場に、地域名物の菓子折りを持参する事になったとしても、自分も他の人からの土産をいつかは頂く事ができる。

例外として、絶対に土産なんか買わないような人も時には居る。しかし、特定の人間同士のやりとりだけを考えてはいけない。そして、例え自分が土産を持参した時期と同じではなかったとしても、巡り巡って、他の地域の土産を口にする事ができるのだ。

自分が相手に送る土産も、いつか巡り訪れてくる地域の名産品を楽しむお茶会への投資と考えれば、日本の土産システムというものは決して損なものではないと思うのだ。

ところが、海外在住者相手になると、この法則が見事に崩れるのである。

まず、「土産返し」はないと考えておいた方がよい。

土産のお返しをもらうために土産を買う程にせこい話しはない。もちろん、私は土産のお返しを狙って土産を買っているわけではない。

しかし、「一時帰国」の土産となると、購入量が国内の旅行や帰省どころではない騒ぎになる。新婚旅行帰りの土産の量を想像して頂けると、近いものがあるかと思う。

「日本に一時帰国します」「では飲みにに行きましょう」と、こんな話しになったとしよう。

通常ならば「元職場の仲間」だけでの飲み会のところが、「元職場の仲間と現在勤務中の仲間の飲み会」までその参加数が発展する。

「友人飲み会」ならば、「友人と友人の家族とその友人」、実家ならば、通常は家族とせいぜい近い親戚のみで食事でもするところが、「家族と親戚と従兄弟」「家族と親戚と従兄弟とその子供達」までになる時もあり、遂には、全く何の繋がりもない「近所の○○さん」まで登場する時もある。

もちろん、これらの全員に土産を用意しているわけではない。しかし、海外からの帰国者のおもてなしを盛大にやろう、とばかりに、その席に紛れ込むある程度の余剰人員を予測し、多めに準備しておこうという癖がつく。

実際はそんな祭りのような騒ぎばかりではないが、現実的なケースで言うと、例えば仲良しの友達二人に土産を用意した上で食事に誘ったとする。しかし、その友達が他の(そんなに仲良しでもなかった)友達三人に声をかけ、当日は五人になっていた等というケースが多い。

そんな時、当初予定の二人に、持参した土産をこっそり渡すチャンスを探すのが、これまた難しい。面倒だから最初から推測して多めに土産を手に持っておこう、と、こうなってくる。そして、年々、土産の数が増えている事に気付くのだ。

「一時帰国します」の連絡から、何故にこれだけ人が集まるのか。それは人気者だからでも何でもない。

ただ、珍しいのである。

以前に私も、ニュージーランドに滞在している知人が日本に一時的に帰って来た時、そんなに仲が良くもない相手だったのだが、何故か飲み会に参加した事があった。

普通の飲み会ならば顔も出さないような相手なのだが、何故かお邪魔してしまったのだが、当時の記憶を呼び戻すと、恐らく珍しかったんだと思う。海外の話しを聞けたら面白いかな、とか、ニュージーランド行く機会があった時のために仲良くしておこうかな、とか、そんな感じであった。

もしかしたら「自分が海外に行く時、知り合いが居れば心強いかも」という思いは、多少なりとも誰にでもあるかもしれない。

しかし、実際は行かない。つまり、我々の言葉に置き換えると、「誰もイギリスには来ない」のである。

誰も来ないのはまだよい。

気になるのが、「行く行く」という台詞である。

日本で飲み会や食事会等に参加すると、ほぼ9割の方と「イギリス行きたいな」「じゃあおいでよ」というやりとりをする。そして「行く行く!絶対行く!」と、決まってこの展開になる。

おきまりの社交辞令ではある。しかし今後は、我々には是非とも「行きたいけどやっぱり無理かな」と、その胸の内を正直に語って欲しい。

海外在住者は意外と質素な生活で暇だったりする。忙しい日本とは時間の流れも違う。来客、そしておもてなしというのは非常に嬉しい出来事なのだ。

「日本から知人が来る」というのは、まさに祭り行事。我々が久々に母国語でお喋りしたり、遊んだり、今まで近い場所が故出向く事もなかった観光名所にも伺う事が出来るきっかけなのである。

母国からの訪問者を待っている日本人は、実は海外には多いのではと思う。

「来年くらいに(イギリスに)行こうかな」

そう言いながらも実際に来る人間の確率はおそらく百パーセントのうち、せいぜい二パーセント位である。

できれば、我々が期待しないよう「行く」と冗談でも言わないで頂ければ、そう願う今日この頃である。いや、もう来なくてよいから。

結論として、基本的には土産を一方的に持ち帰り続ける宿命の人間が八割というのが、海外在住者の悲しい現実なのだ。



時に、日本を出国する際にお土産を頂くこともある。大変ありがたい。しかし、中には返す台詞に困る物も時々ある。

例えば、日本のお菓子が恋しいでしょ、と、日本のチョコレートをくれた人がいた。しかし、そのチョコレートは世界各国で頂けるものであり、どちらかと言えば、日本人がその商品を愛し想うそれ以上に、イギリス人にとって大変馴染みが深いチョコレートであった。

うん、有難う、でもイギリスでも普通に買えるよなんて、口が裂けても言えない。

他に、日本文化の絵が書いてある葉書を二枚、渡された事もあった。特に、故郷を懐かしむような雰囲気の物でもなく、如何にも外国人観光客が喜ぶような極端な絵葉書だ。

素晴らしい日本の伝統的な葉書は嬉しい。しかし、私は日本人だ。

私はイギリスで暮らしていてもイギリス人ではないので、どう反応してよいのかリアクションに困る。イギリス人だと思われているのだろうかと考えてしまうような、友人の土産チョイスが増えてきたように思う。

こういった時に、自分は日本人なのに、既に友人達からは外国人だと思われかけている事に気付き、若干寂しい。これも、海外在住者の宿命である。

散々こぼしたが、私は土産を買いたくないわけではない。

お世話になっている仲間を思うと、やはりこみ上げる献上魂を隠す事はできない。不器用な自分にとっては、土産といった少しばかりの気持ちの品が、一番自分の感謝心を伝えやすいからだ。

それらは品物どうこうではなく、気持ちなのである。長らく日本を離れて暮らしていると、久しく見る表情や相手の感情等にえらく敏感になってしまう事がある。恐らく、母国語を使っていないゆえ、言葉と言うものを頼りにしなくなったせいであろう。

しかし、言葉や態度に出さなければ伝わらない事もある。その上でも、形に表すと言うのはとても分かり易いものである。土産と感謝の気持ち。その真意がどうなのかは実のところは分からない。だが、その形に乗った心の有無というのは、必ず相手に伝わっているかと思う。そして、「ありがとう」の一言が返ってくるだけで、こちらの想いが伝わったとほっとするものである。

土産文化、これは、時に面倒な日本の文化でもあるが、やはり素晴らしい文化だ。

土産選びは楽しい。プレゼントする事はとても楽しい。それによって気持ちが繋がる事もあり、人間のその習慣はやはり喜ばしい事ではないかと思う。

しかし、どうでもよい第三者にまで「土産を買わねば」と思う極端な思考になってしまう事や、次回に土産返しがくるかもしれないという無駄な期待がチラつく思考、これらはやはりどうにかならないものかと思い、私は遂にこの文化を自分の中でのみ、見直す事にしたのだ。

土産文化があまり無いイギリス人が暮らすイギリスへの帰路ですら、土産の事で頭がいっぱいになってしまい、肝心の自身の買物をすっかり忘れてしまう。今度日本に帰国をした時には、ラップを買って帰るぞ、和風だしを買うぞ、明太子を買うぞ、百円ショップで小物を買うぞ等と買物リストを毎回作っているものの、それらを全く買わずとしてリターンしてしまう。スーツケースを開けば、どうでも良い浅い付き合いのイギリス人への土産まで転がり出てくる。まさに、習性だ。

今後は、どの地に旅しようとも、自分の物を一番に、そしてたっぷりと購入すると心に決めている。土産ではない。「自分の買い物」だ。

だから私は今後土産は買わない。一貫して土産を買わなければ、人間関係の大小を考えて土産選びをすることに罪悪感を抱くような、迷いの気持ちも自分の中にはなくなる。「もうこれからは互いに気を使いっこナシね!土産もナシね!」そう誓いを交わすことにより、再会する者達と互いに期待する事も、される事も無いだろう。今、ここでこの文化に終止符を打つ。

さて、もう間も無く出国だ。

日本での休暇を終えた私は、ロンドン・ヒースロー空港行きの復路便のチェックインを済ませ、ゲートオープンまでの時間、引き寄せられるように土産売り場へと足を運んだ。

イギリス人の土産には何が良いであろう。

ああ。

やっぱり、購入してしまう私なのであった。

エアポート

軽い財布を握りしめ

誰かの顔を 思い浮かべる