日本で誰かと会話をする時、
「今、イギリスで暮らしているんですよ。」そう相手に伝えると、
「イギリスって、やっぱり食事が不味いんですか?」
決まってこう返される。

やっぱりとは何だ。

私は、この質問が一番嫌いだ。
何故ならば、イギリスの食事が不味いとは私はあまり感じないからである。

例えば、自分の地元の郷土料理を他県から訪れて来た知人にもてなし、それを食した者が不味いと呟いたならどうするであろうか。
きっと、もてなした側はとても嫌な気分になる筈だ。
外国には、まだまだロウフィッシュが苦手な人達が沢山居る。そんな外国人達が日本を訪れ、寿司屋に入り、
「スシってやっぱりベリーバッドだね。」
そんな声を出していたら、隣で鮨を食べている人達はどう思うか。
だから、お願いである。
私は日本人であるからまだよいが、純粋なイギリス人へ、そのような無礼な質問をする事は今後はご遠慮願いたいのである。

イギリスで食べる料理が不味いと言いたくなる気持ちは分かる。確かに、イギリスの街角で口にするものは概ね不味い。しかし、真実は情報だけでは決して分からない。
石の上にも三年という分かり易い言葉があるが、物事には、最低三年くらいの時間をその事へ費やし、経過しないと分からないという事が沢山ある。

海外だって同じである。最低でも三年はその国に留まらないと、その国の文化や人々の性質、本当の部分など見えてこない。正式には三年でも分からない。三年目からようやく分かり始める、と言った方が正しいかもしれない。

一度や二度のイギリス旅行で、いや、それならまだしも、世間の情報だけでイギリスを不味い国と決めつけてしまうのは、あまりにイギリスが不憫ではないかと私は思うのだ。

ただ、実際にイギリスの料理を不味いと言う人間は、何も我々日本人に限った事ではない。ヨーロッパ圏の人達の頭でイメージする、極めて美食のイメージから遠い国はどこかと聞けば、恐らくイギリスと答えるだろう。
イギリスに美味い物が無いのではない。美味い物と不味い物がバランスよく共存している国というだけの事なのだ。美味い物が程よく存在する中に、不味い物が戦地の地雷のように街の至るところに潜んでいる。
厄介なのは、この不味い物が、美味い物よりも目につき易く、庶民に手が届き易い所にあるという現実である。

イギリスの食事が不味いのではない。イギリスで不味い食事に当ってしまった人間が多いだけなのだ。

料理を不味く感じる事無くイギリスで安全に過ごす方法、それは不味い物を回避していくしかない。美味いと言われる物だけを選択していくという方法である。
そのためには、現地で暮らす人間の意見は十分に参考にした方が良い。できれば、純粋なイギリス人に聞くのがベターである。

二年前、日本の知人夫婦が新婚旅行にイギリスを選択し、イギリスのロンドンで暮らす私の元へと訪ねて来た。
旦那がビールが好きとの事で、パブクロール、つまりパブ巡りの事であるが、イギリスのパブを渡り歩き、ビアを存分に楽しもうと言う目的で、迷う事無くイギリスを新婚旅行の地に選んだのだと言う。
彼らは、観光地名所やお勧めのレストランなど、色々と私に意見を求めて来た。勿論私も、現地の視点ならではのアドバイスをし、美味しい料理や、逆に「イギリス初心者は絶対に食べてはいけない、不味いと感じる物」も彼らに細かに伝えた。
しかし、何を思ったかその知人達は、その不味い物を率先して食べたと言う。こういった人間は大変稀であるので、あまり参考にはしないで頂きたい。
しかし、彼ら曰く
「どれだけ不味いのか興味があった。」
との事でそのチャレンジ精神には脱帽する。
感想は、「確かに不味かった。」そうだ。

その、私が彼らに伝えた、初心者は絶対に食べてはいけない不味いと感じる物のひとつは何かというと、それはサンドウィッチなのである。
矛盾するが、実は、イギリスのサンドウィッチは大変美味しい。私も好物のひとつだ。
街の至る所にあるカフェに立寄ると、ついついサンドウィッチを頼んでしまう。何と言ってもイギリスはパン自体が美味しい。サンドウィッチが不味いわけが無い。

しかし、誰もが思い描く、イギリスの美味しい軽食と言えばサンドウィッチ、というこの情報が、まさに観光客を困惑させる要素となっているのだ。
サイドウィッチが美味しい、と思い込んだ上で渡英される事は、極めて危険な行為である。
イギリスへと旅したあの日を思い出してみて欲しい。

ヒースロー空港へ到着した日本人観光客。 フライト疲れでぐったりした身体でホテルへ向かう途中、身近なスーパーや駅の売店に立ち寄り、イギリス名物のサンドウィッチを、何のためらいも無く購入する。
おそらく、ほとんどの人のイギリス製サンドウィッチの初体験は、そのお手軽な場所で購入したサンドウィッチを、ホテルのベッドの上で食べたりしたのではなかろうか。
異国を訪れる観光客は、カフェ一つにしても店に入る事に多少躊躇する。知らない国であるから当然の事である。
よって、イギリスを訪れたばかりの人達が一番最初にサンドウィッチを体験するのはカフェやレストランではなく、身近な場所、つまりスーパーや駅の売店などで購入したサンドウィッチを持ち帰り、室内で頂く、と言う流れに必然的になるのである。

はっきり言おう。お手軽に購入したサンドウィッチに当たりは無い。
イギリスのサンドウィッチは非常にシンプルである。味付けも素材を活かした風味、悪く言えば素材そのものが挟まっているだけなのだ。パンの耳だってそのまま付いている。
このイギリスのサンドウィッチスタイルに慣れるまでは、スーパーで買うのではなく、お店の中でオーダーして食べる事をお勧めする。同じスタイルであれども、基本的に、レストラン等で皿に盛られて出て来るサンドウィッチに極端な外れは無い。

美味しいサンドウィッチからスタートする事により、イギリスのシンプル・イズ・ザ・ベストという、サンドウィッチのスタイルに馴染んで来る。そうなると、何処でサンドウィッチを買おうとも食べようとも恐れる事は無い。

もしも不味いサンドウィッチに当ってしまった場合は、二口目を頂くその前に、片端のパンを外して具の上に軽く塩コショウを振ってみよう。少しは美味しくなる。
そう言った自己防衛も、イギリスの当たりの味を先に経験していれば、怒り狂う事もなくスマートに行う事が出来る。
二つの両極端な味が共存している国であると言う真実と向き合っていれば、外れの味からなる虚無感を回避する事など、とても容易いことだ。

イギリスでは常にインディペンデントの精神を忘れてはいけない。不味い物に出くわしたら、それらを極力美味しく頂ける事が出来るよう、自身でどうにかするしかないのである。
結論として、イギリスのサンドウィッチが美味しいという情報が世間に出回ってはいるが、実はサンドウィッチはとても上級者向けの食べ物なのだ。

(つづく)