今、イギリスに全く興味が無い若者が急増中だそうだ。イギリスだけではない。アメリカだってオーストラリアにだってさほど興味が無い、つまり、海外と言う言葉の響きに全く興味が無いという若者が大変多いそうなのである。

インターネットが普及している現代では、自分が知らない場所、つまり地球の裏側の様子をいつだって自分が見たい、知りたいと思う時に覗く事が出来る。
そして、人々が日常的に活用するようになったソーシャルネットサービスでは、時に外国圏の人間と気軽にインターネット上で出会う事が可能であり、まるで昨日まで友人であったかのように交流する事も出来る。
英語という世界共通の言語を日常的なレベルで使用出来る、又はある程度の単語や表現を把握しておれば、世界の人達と光の速さで繋がり、交流する事が出来るのだ。

そんな事情からか、仕事のためや、その土地でしか学ぶ事が出来ない等の目的を持っている者以外にとって、海外はさほど惹かれる場所でもなくなってしまったようだ。というよりも、むしろ、海外イコール、未知の世界という感覚ではなくなって来ているらしい。
インターネットという現代のモンスターが産み出した功績かもしれないが、何だか寂しい話しである。
いつの時代も、人は何となく海外に憧れを抱くものではないかと思っていた私にとっては、それは衝撃的な時代の変化であった。

正直私は、自分がまさか日本国外に出て生活するなどと考えもしなかったもので、語学にも世界の歴史にも全く興味がなかった。
人生の転機やきっかけ、タイミング等が重なり、結果としてイギリスに渡って暮らしてはいるものの、それ以前は日本国内から出る事もなく、生涯日本で暮らすのが普通だと思っていた。ましてや海外旅行ですら、行きたいと思った事など一度もなかったのだ。
それでも、海外と言う言葉の響きは、何だかとっても恰好良い気がし、そしてイギリスと聞けば、脳裏にはビートルズやローリングストーンズ、チャップリンやシェイクスピア等のイギリスの著名人達の名前が浮かび上がり、実際にはイギリスに行く気は無かろうとも、
「行ってみたいなあ。」
「いいなあ。」
等と声を出すくらいの事はしたものだ。
その国が、アメリカやカナダであれ、オーストラリアであれドイツであれ、インドであれ中国であれ、周りから話しを聞けばその未知の世界に何となく魅了され、いいなあ、くらいは思うものではないだろうか。

かつて海の向こうの世界というのは、我々日本人の憧れの世界であったはずだ。
それが現代の若者達は、いいなあ、すら思わないと言う。
「イギリス?ああ、飯が不味くて天気の悪い国ね。」
この一言で会話は終了である。
確かに、食事は不味いと言われる事が多いかもしれない。そして仰せの通り天気もあまり良くないと言う事実は否めない。
だか、その二点のマイナス要素を持ってしても、それだけをカバーするだけの魅力がイギリスという言葉の響きには、以前は確かにあったのだ。

アートの国、イギリス。ロックの国、イギリス。英国紳士の国イギリス。本場クイーンズイングリッシュの国イギリス。極めつけが大英帝国という言葉の響きである。そして、人々はこの響きに敬意を込めてこうつぶやいていたのだ。
「さすが大英帝国だね。」
一昔前ならば、興味あろうが無かろうが、そういったリスペクト調の表現をされていたイギリスが、現代ではただ、こう呼ばれているだけなのがとても寂しい。

「不味いイギリス」と。

(つづく)