バスキング中のこと。

以前ならば、騒がしい子供や周りに寄って来る鬱陶しい子供を見ると、「やかましいわい!」などと思っていたものだが、私も随分大人すぎるほどに大人になってしまったものだ。

今では、

「ババーイ!」

なんて、笑顔で手を振ってしまう。環境とは恐ろしい、いや、思い込みとは大切だ。自分が周囲から、通行人から愛されているような気がする自信が、他人を愛する事へと繋がる。

バスカーは子供に人気がある。やはり我々のその愉快な雰囲気に秘密があるのだろう。

多くの人が行き交う通路の脇で、小さい小さい半円が描かれた通路上のステージ内に人が立ち、そして演奏し、中には歌う者もおり、そこからは様々な音楽が流れている。

その、視覚、聴覚で感じる一風変わった雰囲気、それらは子供達に最も簡単に伝わり易い「違う空気感」であり、それはおそらく大変興味深い世界なのであろう。

バスカーがバスキングをしている姿を見つけると、子供達は指を指したり、笑顔になったり、寄って来て踊ったり、時には一緒に歌いだす子供達も居る。それらの姿は、我々の気分を癒してくれるだけでなく、その場を通り過ぎる人達をも笑顔にし、そして忙しない通路全体を和やかなムードにすら変えてしまう。

子供のパワーとはとても偉大だ。つくづく思う、我々大人達が逆立ちしたって子供には叶わない事が世の中には沢山あるのではないか、と。

唯でさえ子供達の関心を引くバスキングという舞台だが、演奏するバスカーのその風貌が愉快であると、まるでアミューズメントパークのキャラクターに群がるかのように、子供達に囲まれ賑わう事もある。

ハンガリー人のジャノスというバスカー仲間が居る。アコースティックギターに生歌、クラシックなロックやポップスを歌うという彼のスタイルは、聞けば極めて普通のバスカーであるように思えるが、そのルックスの違いは他のバスカーとは一目瞭然である。

どっしりとしたその姿につなぎの緩いボトムを履き、鍔の短いハットを被っているジャノスは、白塗りの顔に丸く赤い頬とびっしりとユニークなメイキャップをしており、その鼻には、赤い半円のピエロの鼻をつけてある。そう、彼はバスキング中はピエロと変身するのだ。

変身すると言っても、彼は移動中も常にこの姿でギターを下げて歩いているので、ジャノスの素顔を知る者は誰も居ない。一度だけ、私のバスキング時間の次に演奏するジャノスが予定よりも早く到着し、演奏する私の影でこっそりと自身の頬に落書きのようなメーキャップを付け足していたのを見た事がある。しかしながら、既にピエロの顔としてやって来た上での追加作業であったように思うので、やはり私は彼の素顔を知らない。

こういった風貌なので、ジャノスが演奏しているのを見かける時は、必ずと言っていい程に子供達が周りに居るのである。

又、ジャノスはクリスマスのシーズンにはサンタクロースに変身をする。メイキャップはしていないものの顔周りは白い髭で覆われているので、やはり素顔といった素顔は見た事はないのだが、そこから覗く目鼻立ちを見る限り、素顔はどうやら中々の二枚目のようだ。

バスキングは意外とハードワークであるので、曲目のセットリストはおろか、恰好等に構っている暇はなくなる。

バスキングを始めた当初、今からもう10年も前になる頃は、ステージに立つような気分で私服に気を使ったり、印象的な個性を出そうとしたり、次の駅ではどういった曲目を演奏しようか等とセットリストを予め用意したりもしていた。おそらく、バスカーの皆が最初はそういった「自分の表現の場」と考えていたに違いない。

しかし、実際に始めてみると、海外でのバスキングは所謂、通行人の人たちへのBGMの場であり、自身が主役でもなければ、営業の場でもない。そして、日銭を稼ぐ場所であり、死活問題なのである。

繰り返し演奏の長期戦であるそれは思った以上の肉体労働ゆえ、それらの演出は必然的に薄れて行き、その恰好も次第に部屋着のような姿になったりするのだ。

冬は、寒い風に晒されて、エスキモーの如くモコモコの姿で、夏はビーチサンダルに短パンにTシャツという、川辺を走る少年の姿を彷彿させるバスカーは多数である。

演奏さえしっかりしていれば良い、衣装は関係ない、という意見はミュージシャンとして最もな意見ではあるが、やはり色んな角度から楽しませようとする気持ちは大事であると思う。だから、私はどちらかといえば、衣装に拘る実演家に賛成派である。ジャノスの徹底したサービス精神には脱帽である。

実のところ、私もある意味では得をしている。もちろん、姿恰好やセットリスト等に凝っているわけではない。部屋着にボサボサ髪、そして、セットリストも無い。その日の気分である。

しかし、私が普段から手に持っている、お金が無くて買った安物のギター。その安物を少しでも楽しい気分で弾こうと、私のギターにはオリジナルのペイントをしているのだが、どうやらそれが子供達の目を引くらしい。

ペイントと言っても、思いつきで適当にラメを散りばめて絵を描いただけの雑な物だ。しかしながら、そのキラキラと光るユニークなギター、そして、周りのイギリス人バスカー達と少しだけ違う、アジアンである見た目は、変わったものが好きな子供達の目には面白く映るようなのである。

ジャノスや他の強者バスカー達ほどではないが、私も子供達だけには、九割の確率で高反応を得ている。たとえ、あちらから見れば色物的な反応であれども、こういう時はやはり「ああ日本人でよかった」と思う瞬間なのである。

子供達の中に、我々バスカーの姿を見て、泣いたり怖がったりする者は居ない。少なくとも、私は見た事が無い。ただし、動物は別である。

ロンドンの地下鉄では、犬を連れて歩く人をよく見かける。余談であるが、イギリス人との会話の中で、犬を犬と呼んではならない。「He(彼)」または「She(彼女)」と呼ぶ。犬や猫は家族の一員である事、それは日本でも同じであるが、家族である敬意を込めて、彼、彼女と呼ぶのだ。

さて、犬が我々の演奏場所を通過する場合、我々を見ると、怯えるか吠えるかのどちらかだ。チャレンジャーな犬の場合は、チップの入ったギターケースの中の匂いを嗅いで行ったりもする。

しかし、犬の場合は、せっかく我々のバスキングピッチに訪れて頂いても、オチもなく帰って行く事がほとんどであるので、やはりこの話しの核は子供で進めようと思う。

子供達を連れて歩く方達、つまり家族連れで歩いている人達は、先ほど話したような姿形等に関わらず、バスカー達、そして彼らのバスキングを好意的に見守ってくれる方がほとんどである。

お父さん、お母さん達は、我々バスカーを見つけると、子供達にその演奏する姿を見せようとし、そして音楽を聞かせる。我が子がその姿に興味を示し、喜ぶ顔が見たいと言ったところであろう。

普段我々が相手をするカスタマー、つまり通行人の皆様のほぼ七割の人々が、忙しそうに早足で立ち去る人ばかりである。(もちろん、そんな最中でもチップを置いてくれたり、声援をくれる方も居る)しかし、家族連れ、特に子供連れの人達に限っては、立ち止まってゆっくりと音楽を聞いたり、こちらへ話し掛けてくれたりする方々が多い。

忙しい地下鉄の通路ゆえ立ち止まる人はおらず、むしろ、我々のピッチの前で立ち止まって聞く事自体が、地下鉄でのバスキング視聴のルールに反すると言っても過言ではない程に、スルーが常識であるこのロンドンのバスキングという舞台。そんな場所に、暖かな家族がふと立ち止まり、耳を傾けてくれるという瞬間は、何時間も止める事なく演奏をし続ける我々バスカーにとってひとときの安らぎの時間でもある。

子供達を連れて歩くお父さん、お母さん達は、バスキングという子供が関心を持ちそうな事を、直にその目に見せてあげたいと、子供達を連れて近づいて来る。無理矢理こじつけると、英国風芸術教育のひとつとでも言った所であろうか。音楽に身近に触れさせ、興味を持たせるのだ。

英国の人々の芸術や音楽への関心は、やはり日本よりも強いのではないかと思う。

例えば、私のような無名なミュージシャンが、毎日ギターを背負って東京の街を歩いていたとしよう。恐らく、通り行く人々や酒場に居合わせた人々等、誰もその背中のギターの話題には深く触れない。関心すら湧かないであろう。その場がもし田舎の町であったとすれば、別の意味での関心を近所のおばちゃんに与えてしまい、「あなた、まだそんな事やってるの?」何て言われかねない。

日本でギターを背負うと、その姿を周りが見る目というのは世間一般から見たランク付けによって変わって来る。名声を手に入れていたり、ある程度裕福な暮らしが出来、一端に身を立てて暮らして居れば、その姿は人々の尊敬に値する。しかしながら、その姿が目に見えて解るものでないならば、ギターを背負っているその姿は、ただの獏(ばく)と見なされてしまう。

悲しい現実ではあるが、日本人的な見方もある意味正しいとも言える。

これがイギリスの場合、ギターを持って歩いているだけで周りの人の興味を引く事になる。そしてその関心は、ほぼポジティブなもの、リスペクトに値する興味である事だ。嘘だと思うならば一度、イギリスのどの町でも良いのでギターを背負って歩いてみてほしい。

カフェやレストラン、スーパー等の買物をするお店。それらの場所にギターを背負っていくだけでいいのだ。至る所にて、働くスタッフから

「あなた、ギター弾くの?すごいわね。」

「何のギター?アコースティック?」

等と問われ、そしてギターか音楽の話題でそのスタッフと1、2分は会話をする事になる。

普通にストリートを歩いているだけでも「ギター弾くんだね」と声を掛けられたり、これがイギリスの社交場ことパブとなると更に大変で、白髪の年配男性等から

「私も昔はミュージシャンになりたかったんだよ、羨ましい。」

そんな、尊敬の眼差しで延々と「自分が抱いていた音楽の夢」について語られたりもする。

ロンドンで公務員をやっている友人曰く、イギリス人はアートやダンス等の芸術、そして音楽に強い憧れを抱いており、例え大きな成功を得る事がなくとも、それらの分野をずっと続けている者を妬ましく思うそうだ。彼曰く、息子にはミュージシャンの道を目指して欲しいが、息子は父である自分よりも現実的でアートには全く目を向けないらしく、楽器のひとつでも覚えて欲しいと思う父の思いに答えてくれないと、友人は嘆いていた。

この辺の意見からして、少し彼らは可笑しい。

しかし、その可笑しさとは、我々獏族にとっては大変居心地が良いものであると言う事には違いない。

世代を越え、そして職業すら越えて、これらの分野に対しリスペクトの眼差しを向けてくれるイギリス人達。これは、バスキングがある種の職業として成り立つ理由の一つであると言える。

その理由としてもう一つ、イギリス人のお父さんお母さん達が、子供達にバスキングを見せてあげようとする姿勢は、実はイギリス人の慈善好きの国民性にも関係している。

慈善を施す心は我々日本人にだってあり、世界のどの国にだってその心を持つ人々は多く存在する。しかし、イギリス人は更に輪をかけて、驚く程に関心を持って我先にと慈善活動を行う者が本当に多い。

イギリスのカフェやスーパー、ファーストフード店等、至るレジカウンター前に置かれている募金箱を見て欲しい。錠がしっかりとかけられたその募金箱は常に溢れる程一杯であり、また、会計後、自分の掌に返って来たコインを財布にしまうイギリス人はほとんど居ない。1ペニーやら、何10ペニーやらの少々の釣り銭ならば、財布ではなくその募金箱に入れるのが、ごく普通である。

それらの募金箱は、3分の1はペニーで占められているが、ポンドのコインも多く、札もちらほらと入っており、本当にどの募金箱を見ても満杯である。それは、イギリスのコメディアン達が、

「今日はお金を沢山持っているんだ、コレを盗んだから。(と、コートで覆い隠した募金箱をちらりと見せる)」

等というブラックジョークネタを披露し、笑いを取る程の量なのである。

恥ずかしい事に私の場合は、誰かのために、と言うよりも、その街の日常風景や雰囲気に流されて、自分も釣り銭を募金箱に入たり、募金箱を見るとつい財布を開けるようになったと言う方が正しい。

しかしながら、同じく私のように、周りがそうしてるものだから何となく募金箱に入れるようになった、と言う人も実はロンドンには多いのではないかとも思う。

街自体が常にそんな雰囲気なので、そういった慈善心につけこんで、悪い事を企む人間も当然出て来る。故にイギリスでの募金活動の規制や許可は大変厳しいと聞く。

店頭や路上以外に、地下鉄やレールのある駅の改札口で行っている募金活動を、ロンドンで暮らしている者ならば毎日のようによく見かける事と思うが、私も以前にこの地下鉄の改札口で募金活動を行った事がある。

その際に知った事なのだが、公式な場所での募金活動にあたって、正式な国からの許可が必要であり、そして活動場所の許可を国から頂くには、申請から約一年の日数が必要であるらしい。但し、緊急事態の場合は例外である。

直ぐにでも募金活動を始めたかった私は、この「約一年待ち」という申請時間の壁に当ったのだが、ロンドン交通に若干の関わりを持たせて頂いている私は、まず「メトロ」というロンドン地下鉄にて配布される新聞の広報担当の知人へ連絡し、何とかすぐに活動できる方法は無いかと問うたところ、ロンドン交通の我々バスカーのマネージメント担当であるTfLバスキングチームのボスが、何とロンドン交通のチャリティー部も仕切っていると言う情報を教えて下さった。

ボスはもちろん公務員である。

そこで私は、我々バスカーを一声でどうにでもできる程の存在である、ボスへメールを送り、電話を繰り返した。長である彼は一部のバスカーから恐れられている程の存在であり、その厳つい風貌とシニカルな口調に苦手とする者も居る程である。

私は、この一見怖そうな雰囲気のボスが結構好きであったのだが、彼からの返答は全く無く、私は一瞬ではあるが彼を嫌いになりかけていた。しかし、最初にコンタクトを取った日から五日後、ロブは国からの認可を既に持った状態で連絡を下さったのだ。

聞くと、彼は私からのメールを受け取ってすぐにDEC(The Disasters Emergency Comitte)と呼ばれる緊急対策本部に掛け合い、早急に協議を行っていたとの事であった。

その連絡を受けた次の日、私はTFLのオフィスに募金活動の許可証を受け取りに行ったのだが、その時には既にボスが募金活動へ向けての国側とのほとんどの段取りを済ませて下さっており、私自身が直に対応すべき事は、英国赤十字への申請と認可、そして実際の活動のみであった。本当に、彼らの親切には涙が出そうだった。

以上に述べたように、日本でもそうであると思うが、イギリス国内で募金を行うにも数々の規定があり、国からの正式な活動の認可を下ろすのに長い時間がかかるのだが、国側のそれらへの状況判断により、協議への順位がまれに変わる事もある。

通常は一年と言われている申請に必要な期間は、募金活動をすべく者や団体の申請数がかなり多いため、この期間内に準次に慎重に協議が行われ、認められた上で許可が降りる、それらを待つ期間なのである。

何を主として募金をするのか、個人で行うのか、学校、又は会社や団体で行うのか、活動をサポートする企業や人間は居るのか、又、申請者個人についての情報等も細かく調べられる。怪しい人間だと思われたら、当然ながら許可は下りない。

同時に、活動する際には、個人で行う活動であろうとも、英国赤十字を代表とする募金団体からの公式なバケット(又は募金箱)やユニフォーム等を借りる必要があり、これにも当然申請が必要となり、募金団体から認可されなかった場合は借りる事が出来ない。

イギリス人は、募金箱を見つけると我先にと手を差し伸べてくれるが、実はそれらのバケットやユニフォーム等に書かれた団体名をしっかりチェックしている。無印のダンボールに募金は集まらない。

ロンドンの街を歩いていると、至る場所で募金活動をしている人達を見かけるが、結構な数の許可を受けてから行っているのである。無職、無サポートの人間は、場所の申請は愚かバケットを借りる事すら大変難しいという事になってしまう、悲しい現実もあるのだ。

こうして、国から正式に認められた募金団体が街角に立ち、道行く人へ協力を求め声を掛ける。そして、至る所に募金箱が設置され、それらへ多くの人がその手を差し伸べようとする。

ところで、この話しは慈善についての話しをする章ではない。バスキングに訪れて来る子供達の話しでは無いではないか、そう思う方も居るであろう。だが実は、これらは決して無関係な事ではないのだ。

我が子にバスキングを見せるイギリスのお父さん、お母さん達。それは英国風芸術教育のひとつである、と言うこじつけ以外にも、もう一つ意外な教育を行っているのである。

それは、「募金の練習」である。

バスキングという歴史ある舞台は、実は子供達が募金活動に慣れるための恰好の練習場所である。

我々の活動はもちろん募金活動ではなく、道行く人達が演奏をしている事(通路に流れるBGM)への、心ばかりの謝礼としてコインを楽器のケースの中に落として行く、そんな気持ちを受け取る事を正式に認められているという、ひとつの音楽活動である。

そして同時に、我々の活動は、ロンドンという街の観光を盛り上げる一環でもあり、観光名物のひとつとして国からの公式サポートを受けているのだ。

チップを頂く事もあるが、それらも毎度の事ではなく、通行人のトータル数のほんの何パーセントかの人達のみであり、募金活動のそれとは根本的な事だけではなく、その雰囲気も大きく異なる。

しかし、この場を借りてと言う訳ではないだろうが、大人達は「ここ」を使って子供達に募金の練習をさせる事が大変多い。

子供が興味を示すのは、まず、視覚や聴覚だ。次に、子供は大人のマネをしたがる。

向かう道の向こうから音楽が流れている。そこには人が立っており、楽器を演奏したり歌を歌っている。その人の足元に、目の前を歩いている大人達がコインを落として行く。

続いて、お母さんがチップを入れると、子供達は更に興味を持ち、自分もコインを入れてみたいという目でこちらを興味深そうにちらりと見ている。そうしている内に次にお兄ちゃんがポケットからコインを出し、チップを入れる。そんな姿を見て、自分もチップを入れたい、とお母さんにすがる。

他に、我々を見つけた両親自らが、子供達にコインを渡し、

「あの演奏している人の足元に、これ(コイン)を持って行くのよ」

と、まるで「はじめてのおつかい」のような感覚で子供達だけに「お試し」させる方達も沢山居る。

我々が何をやっていて、何の意図で通行人達がコインを落として行くのか等という難しい説明等は、子供達にはしない。ただ、子供達が我々バスカーの元までコインを運び、無事チップを渡す事が出来て再び両親の元へと戻った時、大人達は

「いい子ね!あなたはきっと幸せになるわよ!」

「良い事をしたらきっと自分に返って来るわよ!」

と、必ず、子供達の頭を撫でながら、もの凄く褒めて褒めまくるのである。

子供達は意外と頭が良い。説明等しなくとも、バスキングやギターケースにチップを入れる人々の雰囲気を見てなんとなく「お金を入れて人助けしているんだな」等と察している。

お母さんからコインを受け取った女の子が、私のギターケースの中にではなく、盗難防止のため足元の後ろに隠してある、私用のバッグの中にこっそりとそのコインを入れる。その女の子の目配せからは

(お金取られないように隠しておいたよ)

何て聞こえてくる。

それを見守ってた彼女のお母さんは、遠くで

「ヘーイ!そこ(バッグ)じゃなくて、ギターケースの中に入れるのよ!」

と大きな声で「指示」をしている。それでも、私へ向かう女の子の目配せからは

(ギターケースよりもバッグの中の方が安全でしょ)

と、聞こえて来る気がする。

ヨーロッパ各国から訪れて来ている子供達に関しては、言葉で懸命に伝えようとする者も多い。このケースは、募金の練習兼、英会話の練習とでも言ったところでろうか。

私は当然ながら日本人であり、英語圏が母国の人間ではないものの、イギリスの地に立っているという事で、あちらから見れば英語圏の人間なのである。例えば、フランスやイタリア等の子供達が一生懸命に英語で私喋りかけてくるその様子は、何とも可愛らしい。

コインではなく、自身が手に持っていたおもちゃを私に渡そうとする子供も居た。さすがにこれには涙が溢れそうになった。

物心ついていないような小さな子供が、お金なんかの価値観も解らず何よりもおもちゃやお菓子等を宝としているような小さな子供が、果たしてその手に持つ玩具を見ず知らずの他人に渡そうとするであろうか。

思わず受け取ろうとしたその手を慌てて引っ込めた私よりも、子供達の方がずっと大人である。

中には、私のギターケースの中の少ないコインを覗き見て、

「マム!あの人、お金無いよ!可哀想な人だよ、お金あげて!」

と、お母さんの袖を引っ張ってやって来る子供も居る。

その姿は微笑ましくてとても可愛いのだが、可哀想な人だと子供たちに思われていると知り、嬉しいのか、虚しいのか微妙な瞬間だ。

そしてやはり、チップを我々に落とす子供たちに対し、

「困った人を助ける事が出来たわね、良い事をしたわね。」

そう言って親たちはその子の頭を撫で過剰に褒める。

可哀想と言われてしまう自分の姿が、若干哀れにも思う瞬間ではあるが、その風景はやはりとても微笑ましく、そして、我々もこんな瞬間に何故か、生きてて良かった、彼らに出会えて良かった、そう思えるのである。

チップを入れると、必ず親に褒められる。

そして、バスカーからはサンキューとお礼の言葉がかえってくる。

それについて、大人達は人助けをしたことを過剰な程に褒める。そして、人を助けると幸せになれるよと子供たちに教える。

子供連れの大人達がバスカーを見つける度、子供達にこういった経験を繰り返しさせるのである。

それは、ある意味子供達にとっての募金ごっこである。子供時分に、レストランを出る際に親からお金を渡され、レジに行き、飲食の料金を得意気に子供が支払うそれと同じように、なんだか大人の仲間入りをしたような気分になる。

その上褒められ、見知らぬ人からお礼の言葉を受け取る。悪い気分がする人間はこの世の中には居ない。

チップを入れる事で親に褒められた幼少の記憶の断片。彼らイギリス人が大人になった今もその習慣は根付いており、街角の募金箱を見て素通りする事ができない。

過剰な過保護は問題ではあるが、褒めるという教育はやはり必要ではないかと思う。

バスキングと募金の話しは全く違うものであるが、我々バスカーが、こうして人々よりチップを受け取る事が出来るというのも、彼らのそういった習慣にも少しは関係していると思う。

大人になった彼らは、ついつい、バスカーのギターケースにコインを落としてしまう。観光客ではなく、イギリス人からのチップがほとんどの割合を占めている事は、単純に彼らの習慣に関係しているのかもしれない。

日々、十分に食べていける程のチップを得るわけではないものの、おそらくそのコインの量は、日本や他の国でバスキングを行う時に比べると、遥か多いのではないかと思う。実際に、世界各国の町でストリートパフォーマンスを行った事があるバスカー仲間の口からも、

「チップで生活出来るのはロンドンだけだ」

と言う言葉が出ていた。路上で演奏する人に心付けを置いて行く人は、きっとどの国にも居るだろう。しかし、バスキングで受け取ったチップのみで家賃や光熱費を払い、生活して行く者すら居る街は、やはりロンドンくらいではないかと推測する。それも実際のところは解らないが、しかし、事実私の周りには、バスキング活動だけで一生を終えるのではないかという位、路上演奏一本で身を立てるバスキングライフを送っているミュージシャンもとても多い。

我々バスカーは自分の意志で、路上でパフォーマンスがしたいがためにライセンスを取得し、演奏を続けている。それらは自身の音楽活動の一環として、又腕ならしや修行のためにと行う者を中心に、本業の片手間に趣味の粋で演る者も居れば、中には明日のパンを買うために必死で演奏し続けている者も居る。

しかし、はっきりと言えるのは一つ。我々バスカーはイギリスの人々、そして世界各国からロンドンに訪れる人々に助けられている上で、活動しているのである。

更に付け加えるともう一つ。子供達にも大いに助けられ続けているのである。

しかし、いくら子供とは言え、中には悪い者も居るわけで、五人兄弟(の振りをした)子供達が我々の周りを囲み、こちらが油断している隙に、無邪気にはしゃいでいる振りをしながらコインを盗んで走り去って行ったり、更にそこに「親役」までが居た場合、

「私達はひもじい生活をしているから、あなたのお金を頂戴。」

なんて言って来て側から離れない家族連れ(らしき)人達も居る。残念ながら、子供の笑顔が全て無垢なものとは限らない。変な知恵をつけている子供や、人の心につけ込みそれを利用する大人だって居る。

こういったケースの場合は、

「そんな日もあるさ」

と、ただただ慈悲の心で見送るしか無い。例えどんなカスタマーが我々の目の前に現れようと、そこには数々のドラマがあり、我々はいつも楽しませて頂いている。とりわけ子供達が現れた場合は、より癒される場面に遭遇する事が多いと言う事だ。

バスカーにとって「お子供連れの家族」はいやらしい言い方をすると、グッドカスタマーとでも呼ぶべきか。とにかく、こちらの心も癒されるようなそんな天使達の笑顔を見ることは、我々バスカーにとって、(金の問題ではなく)本当に有り難い。

通行人達には、我々を見て笑う者も居れば、鬱陶しいそうな表情をする者もおり、中には路上で演奏するな、うるさいと怒る者も居る。

しかし、子供達はただ笑う。バスキングを見てただ笑い、喜ぶ。

大道芸人にとって、周りの笑顔を作れるという事は何よりの喜びである。いや、逆かもしれない。子供達が、我々の笑顔を作ってくれているのかもしれない。

そういえば、バスキング中の私を見て一人だけ泣いた子供が居た。

土曜の午前中に、オックスフォード駅の通路で演奏してた時だ。イギリス人のお父さんと女の子の親子が私の目の前を通り過ぎた。お父さんに抱っこされた可愛い金髪の女の子は、通り過ぎた後も、お父さんの首を抱えたままじいっとこちらを見続けていた。

私はいつものように、バーイ、と演奏しながらもその女の子に軽く手を振り上げて目配せをした。

その瞬間、

「マミー!!」

彼女が私を見てそう叫んだのである。

彼女を抱っこしていた背の高いお父さんは、慌てて

「ハハハ・・・ごめんね!」

とこちらへ言い、苦笑いしながらそのまま行こうとした。

すると彼女は、さらに私を指差して

「マミー!」

「ダディ!あれ、マミー!マミーだよ!」

その時、私が演奏していた通路には、通行人以外に、馴染みである仲良しの清掃員男性スタッフが居たのだが、彼は私の顔をチラチラ見て、

(ワケありだったのか・・・)

と謂わんばかりの表情で、彼はモップをかけ続けながら、その様子を窺っていた。

「ダディ!マミー、マミーが居るよ!」

「・・・ヘイ、スウィーティー、彼女はマミーじゃないんだよ、彼女は歌を歌っている人だ。」

お父さんは女の子にそう伝えるが、彼女はさらに、

「ダディ!マミー、マミーが歌ってる!あれマミーだよ!」

そう言って一向に叫ぶのを止めようとしない。

「マミー!マミー!」

叫び続ける女の子の姿にどう反応して良いのか分からず、私は引き続きギターを弾きながら日本語で歌を歌い続けた。こういう時くらい英語で歌えばよいものを、全く機転の利かないバスカーには困ったものである。

お父さんの方も、私に、ごめんよ、と言いながら苦笑いしている。

「いいよ、気にしないで。よく有る事だし。」

そう私は、お父さんへと伝えたが、はっきりいってよく有る事では全くない。

この時の私とお父さんの空気感が、一瞬微妙な雰囲気になったのは言うまでもない。

お父さんは、私が彼女のマミーではないと言う事を必死で女の子に伝え続けていたが、そんなお父さんの話し等全く耳に入ってないようで、最後は半べそをかいて、

「マミー!マミー!マミー!マミー!!」

と更に大きな声で私を呼び続け、大変な騒ぎになってしまった。

きっと、彼女のお母さんは、家でお昼に食べるご飯を用意していて、午後のティータイムに添えるスコーンを焼きながら、セントラルロンドンに買物に出かけた二人の帰りを待っていているのだろう。ところが、通路にマミー(正式にはマミーではなく私)が居たので

「何で一緒に帰らないの、ダディ!」

ってなところか。

もしくは、離縁したとか、長らくマミーに会ってないとか。心配だ。しかし何故、私が人の家庭を心配をしているのか不思議だ。彼らにとっては余計なお世話であろう。

どんな理由にせよ、私は、その女の子のマミーに何処かが似ているのだろう。

奥さんは、もしかしたら日本人なのかな、なんて思ったり。いや、そんな勝手な想像もあちらにとってみれば迷惑な話しであろう。

色んな人達が我々バスカーの前を通り過ぎて行く。そこで起こる数々の出来事、そして過ぎ去った彼ら通行人達の後ろ姿には沢山のドラマが存在する。そのドラマの半分は、ただの我々バスカーの空想にすぎないかもしれない。

しかし、出会いのひとつひとつの向こう側や、彼らの背中に映し出される見えないスクリーンは、日々孤独に演奏し続ける我々にとっては、巨大なシネマよりも愉快で壮大な物語を配給してくれる。

通行人の皆様、そして全ての子供達。いつも楽しませてくれて本当にありがとう。

本来我々が楽しませるべき立場であるのに、いや、本当に申し訳ない。

私を見て泣いていたあの女の子、彼女はもう笑顔に戻っているだろうか。

何にせよ、今頃は家族三人そろって食卓を囲んで笑っている事を願うばかりだ。

「母さん」と

叫ぶ子の顔 ふと見れば

遠いあの日の我が身重ねて

(終わり)